「人間はどうして音楽を聴くのか?」。音楽ファンならずとも音の洪水の中で日々くらしている現代人は誰でも時に触れて頭をよぎる疑問のひとつだ。
それについての私の答えはこうだ。まず、そこに音楽があるからだ。
作曲されたものであっても、即興であっても、それを音にする人(演奏家)がいなければ、そもそも音楽というものは存在しない。音楽があるから我々はそれを聴くのだ。極論すれば、我々の音楽体験は演奏者によって制限されているということでもある。
演奏者が提供した音以上の世界を我々は獲得し得ないものである。(貧しい演奏でも、感じ取るものがあるという人がいるかも知れないが、ほとんどの場合、脳が勝手に補って聴いているのか、昔の優れた音の体験が無意識的にオーバーラップしているにすぎないことが、すぐに判明するであろう。)
そして時折、魂を揺さぶられる音楽に出会うことによって、聴き手はがぜん欲が出てくる-もっと凄い音楽があるはずだ、それを聴きたいと。
と同時に、その時点で、聴き手は薄々気付くのだ。その凄い音楽は演奏者だけによって、作り出されるのではないらしいことを。何かがその瞬間に降り立って、聴き手と天を繋ぐらしいことを。
天の声-作曲家-演奏家-聴き手の四位一体は、最も幸福な音楽体験であろう。しかし、それこそが一期一会のご縁というものである。なかなか出会えない奇跡と言ってもよい。
そして昔も今も、実は人間の生を本当に有意義なものにするのに、奇跡に出会う以外にはあり得ないと私は思っている。
ここに一つの奇跡が出現した。78歳のルース・スレンチェンスカのピアノ演奏。 この奇跡に出会う悦びを一人でも多くの音楽愛好家と分かち合いたいという思いから、浅才非力を顧みず、個人でレーベルを立ち上げることとなった。
そして、これからしばらく、ルース・スレンチェンスカによって生み出されるであろう奇跡の数々をどうぞご期待下さい。
2004年初夏
Liu Mifune Art Ensemble 三船文彰