クララ・シューマンに捧ぐ ~時空を超えた邂逅~
2007年 夏 三船文彰
このCDは元々「ルース・スレンチェンスカの芸術Ⅴ」二枚組の中の一枚として製作したものだが、紆余曲折を経て(詳しい経緯は別文をご参照願いたい)、他の一枚はブラームス作品集として次回のⅥの二枚組に組み込むこととなったことで、シリーズの計画としては異例の一枚だけの出版となった。
78歳のルース・スレンチェンスカの2003年4月の初来日の驚異的な演奏を録音に残せなかったくやしさが、彼女に再来日をしていただく原動力となり、その結果2003年11月、2004年7月、そして2005年1月の80歳記念を兼ねてのラスト・コンサートの計三回の来日公演のライヴ・レコーデイングが「ルース・スレンチェンスカの芸術Ⅰ~Ⅳ」4組8枚のCDとして結実した。
その内容はピアノ演奏史に大きな足跡を残すものだと私は安堵満足していたが、公開演奏に終止符を打ったものの、その後も日々精進、さらに進化を遂げつつあるスレンチェンスカにもっと録音─できればブラームスのワルツ集と後期のピアノの作品─を残してもらいたいという大きい希望を私は持ち続けていた。 その中で別文で詳述したように、2006年に思わぬ奇跡的な展開が持ち上がり、クララ・シューマンが使用した1877年製のグロトリアン・スタインヴェッグのフルコンサートのピアノを私が所有することとなり、そして限りなくその当時の状態に修復することができたことで、ブラームス、ロベルト・シューマン、そしてクララ・シューマンの音楽をこの3人の偉大な音楽家と関係の深いクララ・シューマンのピアノでルース・スレンチェンスカが演奏するという信じられない運びとなった。
ルース・スレンチェンスカの演奏を聴いて気がつくことだが、どんなピアノを弾いてもそのピアノの最大限の能力を根気よく引き出し、この音はこうであるべきだと納得させる味わいのある音を彼女は紡ぎ出す。それは3歳から公開演奏を始め、45歳までには世界で3,000回以上のコンサートをし、数えきれない数のピアノを弾いてきただけではなく、自分が納得する音を見つけるために、40歳代に商業的な演奏を中止してからも一日8時間の練習を欠かさず、音の一つずつを彼女が磨いてきたからだ。
結婚生活は別として、生い立ち、父親との確執、神童としての光と影、ピアニスト、そして教育者としての輝かしいキャリアなどは、むしろルース・スレンチェンスカのほうがクララ・シューマンよりもドラマチックなくらいだが、この二人の偉大な女性ピアニストは多くの面でよく似ている。
その上、一番大事なのは、作曲家の意図を最大限に尊重し、男性ピアニストをも凌ぐヴィルトウオーソでありながら、虚飾華美な演奏に価値を認めず、一音一音の響きに意味を見出そうという、音楽やピアノの弾き方についての考え方が二人に共通しているということだ。
もちろん、クララ・シューマンの演奏は録音が残っていないので、文献から推測するよりしかたがないが、ピアニストとしてのキャパシティーは私はルース・スレンチェンスカのほうが上ではないかと憶測している。
一つには、ルース・スレンチェンスカは楽器としてのピアノの進化ともども、クララ・シューマンが知る由もなかった20世紀の作曲家の作品を熟知し、メカニックとしてのピアノの可能性をより知っていること。クララ・シューマンが夫に早くから先立たれ、7人の幼い子供(あとからさらに6人の孫!)をあの時代で女の腕一つで養わなくてはいけなかったのに比べ、ルース・スレンチェンスカは43歳で理想的なパートナーと結婚、子供がなく全人生を通してピアノに打ち込めたこと。そして、何といっても病気の多いクララ・シューマン(特に50歳代からひどいリューマチになり、ほとんど満足に演奏できなかったようだ)と違って、ルース・スレンチェンスカは健康に恵まれ、83歳の現在まで白内障以外、指の故障も一度もなく、80年間ほぼ毎日8時間の練習を続けてこられたことだ。
このCDには、ルース・スレンチェンスカがクララ・シューマンへのオマージュとして、ブラームス、ロベルト・シューマンの作品、そして録音がほとんどなされていないクララ・シューマン自作の「ラルゲット」、クララがよく弾いていたウェーバーの「ロンド」、そしてリストがシューマンの歌曲から編曲した「きみにささぐ」が収められている。このありそうで、しかしこれまでどのピアニスト(ルース・スレンチェンスカ自身も含めて)も思いつかなかったプログラムは、クララ・シューマンのピアノの存在抜きには考えらないことだった。このピアノがブラームス、クララとロベルト・シューマンの魂を引寄せた結果、これらの曲が自然に湧き上がってきた、と思えるほどの選曲だからだ。
しかも図らずもどの曲も運命的な糸で結ばれ、波乱万丈な人生をおくったこの三人の音楽家のそれぞれの一番幸せな時代のピュアな心情を吐露したものとなっている。—あたかも悲劇と苦難の一生を送ったクララの心を慰めるためかのように。しかしこの録音の貴重さは、130年ぶりにクララ・シューマンが弾いた当時に近い状態に蘇ったこのピアノの音が最善の演奏者を得て、これらの曲がさらに感慨深く聴こえてくるに止まらず、楽器としての興味を超えて、それこそブラームスでさえも知らなかったブラームスの音楽をルース・スレンチェンスカが創造し(どの作曲家の作品にも彼女がそうしたように)、我々に残してくれたことだと、私は思う。
ルース・スレンチェンスカの芸術Ⅴ
クララ・シューマンのピアノを弾く!
- 録音
- 2007年11月12,15日 劉生容記念館
- 使用ピアノ
- 劉生容記念館蔵 1877年製 グロトリアン・スタインヴェッグ(No.3306)
- 演奏
- ルース・スレンチェンスカ(ピアノ)
2007年、数奇な運命を経て、日本で新しい命を与えられたクララ・シューマン愛用のグロトリアン・スタインヴェッグ(No.3306 1877年製)からルース・スレンチェンスカが呼び寄せたクララ、ロベルト・シューマンとヨハネス・ブラームスの魂の声がここに。2005年の驚異のラスト・コンサートから2年、82歳の幻の巨匠ルース・スレンチェンスカが極めたピアニズムの豊饒な楽園。